2015年5月1日金曜日

近くで見た特急電車が怖かった

同郷の先生の書き込みを見ていて、実家近くを走っていた東武電車のことを思い出した。

私の実家は、東武日光線の線路から歩いて3分ほどのところにあり、東武線の駅も10分以内という場所だった。そのため子供の頃は、駅の近くの踏切で、発着する車両を見るのが好きだった。JRの線路もそう遠くないところを走っていたが、当時の記憶として鮮明に残っているのは、やはり本数が多くて運賃が安いため乗る機会が多かった、東武線のほうである。なかでも特急を見るのが楽しかった。友達と遊んでいても、「あ、特急が来た」と遊びを中断して、ゴウゴウ音を立てて通り過ぎる車両を見送るのだった。

当時見ていた特急の車両は、「けごん」「きぬ」とひらがな書きのヘッドマークをつけたコーヒー牛乳のようなブラウンに赤のラインが入った車両(東武1720系というのだそうだ)だった。小学校を出るころ、現在も走っている白くて流線型のスペーシアが走るようになった。いつも眺めていた東武の特急に、実際に乗ったことはなかった。というのも、一番近い停車駅が最寄り駅から2つ先の新栃木駅だったからだ。だから停車している特急の車両を見たことすらほとんどなかったのだ。
岩槻城址公園に保存されている車両


実家から一番近い都会は、一時間くらいかかる県都宇都宮だったが、東京まで出ても2時間以内だったから、我が家では大きな買い物などの際には東京に出ることが多かった。東京に出るといっても、特急に乗るわけではない。準急や快速を乗り継いで北千住まで出て、地下鉄で都内に入っていくのだ。家族で出かけた帰りに、たまたま浅草で電車待ちをしていたとき、ふだんは高速で走るのを見守るだけだった特急「きぬ」号を間近で見ることができた。

走っている様子はとても立派に見えるが、近くから見ると案外古びていて、車内もあまりきれいではなかった。それでも遠くに出かける人たちが、お弁当やお茶(ぶよぶよした透明のボトルに入っている)を買って、コンパートメントのテーブルにおいているのが見えるとうらやましかった。私にとって衝撃的だったのは、先頭車両の大きさだった。離れたところから見ると当然小さく見えるが、間近で見る先頭車両は、見上げるほどの大きさで、ダンプカーやバスよりも大きく見えた。高い位置にある運転台や両側に四角く飛び出したヘッドライトが、威圧感を持って迫ってくるようだった。

私が小学校に上がる前年に、一つ上の学年の児童(当時一年生)が通学路にある踏切で、電車にはねられて亡くなる事故があった。そのことを思い出した私は、こんな車両にぶつかられたらひとたまりもないな、と初めて電車に対して恐怖を抱いた。それから特急電車がきらいになった、というわけではないのだが、今でもときどき新幹線がホームに入ってくるとき、巨大で尖った先頭車両を見ると、なんとも言えない怖さを感じる。