もちろんもう35年も生きていると、かつてのことを振り返るのは半ば日々の習慣みたいなものだが、とりわけ年度末の3月に入ると、去年は、おととしは、と過去の自分を振り返りたくなる。
大学院に入ってから、教員となった今でも、年始に授業が終われば、あとはわりと自由な時間である。雑務に追われたり、会議があったり、課題を出せない子のケアをしたり、次年度の新入生のための行事があったりしたが、それでも学期中よりはずっと暇な時期だ。もちろん「暇な」時期にはだらだら過ごしていていいわけではない。研究を進めなければならない。そこで、去年の春は、一体どんなことをしていたのだろうと考え始めるわけである。
かつてのアパートでの自転車分解作業。ワンルーム にしては広い台所は、自転車いじりにちょうどよかった。 |
2010年3月:現在の職場に就職して1年が過ぎ、2年目に向けた仕事に励んでいた。職場から出張旅費が出るので、地元の研究発表会や、山形大学での講演会にも出かけていた。沖縄に初めて出かけて、初マラソンを走ったのも、この年の3月初めのことだった。たぶん春休みのあいだじゅう沖縄土産をすこしずつ食べて、南国気分に浸りきっていたと思う。論文を書くつもりだったと思うが、ほとんど何もしていなかった。あ、あとお見合いをしたのもこの年の3月だった。早まって結婚しなくてよかった。
2009年3月:この年の2月半ばに、今の職場に採用されることが決まった。うれしくてしばらくは酒浸りで過ごした。仕事がどうなるかにかかわらず、この年度いっぱいで大学院を退学するつもりだったので、1月末に学割料金で教習所に入り、2月・3月は空いた時間をほとんど教習所で過ごした。二輪免許を持っていたので学科教習は受けなくてもよかったが、車に乗るだけでもけっこう時間がかかるものだと思った。多くの人は、教習所で精神的につらい思いをするというが、それはいつもできないことを習うからだ。はじめから、「今はできないが、来週にはきっとできるようになる」と思っていれば、指導員さんに何を言われようと、運転がヘタだろうとまったく気にすることはない。10年近く前に通っていたバイクの教習で、このことに気づいていたから、車に乗るのは難しいとは思ったが、苦ではなかった。結局4月の仕事始めまでに免許は取れず、4月半ばの卒業検定までは、大学の仕事とかけもちだった。
2008年3月:この年は、2月末しめきりの論文を書いていた。今使っているiMacを買ったのが、2008年の夏だから、あのとき書いた論文は、先代のVAIOで書いた最後の論文だったということになる。2月いっぱい論文書きにせいを出して、3月は、友人たちとの研究会が行う、公開シンポジウムに向けて準備を進めていた。フロイトの『夢解釈』とカール・デュ・プレルの夢理論を比較する、という発表をしたが、内容はいまひとつ。
2007年3月:この年も春休みに論文を書いていた。2005年から読み始めたカール・デュ・プレルの文献を使って、デュ・プレルの無意識と創作についての理論をまとめた論文を書いた。内容的にはまだまだほとんど何も言っていないような論文でしかないが、前例のない研究ができてそれなりに満足していた。まさかその後5年経ってもまだデュ・プレルの文章に苦しめられているとはこの当時は予想だにしていなかっただろう。論文をかきながら、気晴らしとして楽天市場で注文した、きのこ栽培セットを育てるのが楽しかった。4月初めには、しいたけが全盛期を迎え、桜の開花よりもしいたけの収穫に興奮したものだ。
こうして書きだすと毎年それなりに充実した春を過ごしていたことがわかる。今年は博士論文を提出する。そして今いる職場を退職する。(任期切れ)だから、というわけではないだろうが、ここ数年の区切りというかまとめができれば、と思っている。
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