2012年6月18日月曜日

どんな教科書がいいのか?―備忘録として―

週に何コマもドイツ語を教えるようになって、いろいろな教科書のいいところ悪いところが徐々に見えてきた。もちろん学期が始まる前に、教科書を選ぶ段階でも、そうとう悩んでいるし、大量のサンプルに目を通している。この教科書を使えば、こういう授業ができる、こういう練習ができる、といった具合に、自分の授業のシミュレーションもしている。それでも授業は、実際に蓋を開けてみないとどうなるかわからない。
京都大学では各教員(専任も非常勤も)が自由に教科書を選んで構わない(こういう大学は珍しい方だと最近知った)のだが、自分が前年度中に、こういう学生が来てこういう授業をしようという目星をつけていても、じっさいに学期が始まらないと、担当する学部もクラスの人数も、学生たちの雰囲気も分からないのだ。

現在、ちょうど友人たちと教科書づくりを進めているので、新たな教科書に何を載せればいいのかを考えるためにも、既存の教科書の良い所・悪い所を分析して整理しておきたいと思うようになった。そこで、これまでに授業で使った教科書について、その印象や問題点などをまとめておく。


1)総合教材―会話・文法・作文・聞き取りなど―
・イメージするドイツ語(朝日出版社):使いやすい。週1時間授業のクラスにはちょうどいい。Dialogの例文はさほどむずかしくないし、毎回パートナー練習ができるようになっている点も使いやすい。難点は、付属CDのネイティブによる発音が早すぎること。あと、文法的な知識の定着を図るために、練習問題などを適宜補う必要もある。
問題点としては、コミュニケーション中心の構成となっているため、格の概念や、定冠詞・不定冠詞が出てくるのがやや遅いことが挙げられる。会話練習の課題文や練習問題などの補助教材を作る際に注意が必要。

・ぼくらの未来(朝日出版社):かなり使いにくい。DialogがDVDになっているのはいいが、いかんせん内容が難しすぎる。現地の若者の自然な会話を再現しているのかもしれないが、初めてドイツ語に触れる学生を対象にした教材としては、内容的にわかりにくい。文法事項もまとめてどっさり出てくる。授業では一ヶ月で一課ずつくらいのペースで、教科書はあまりつかわず、練習問題や会話文の教材を使ってフォローしている。


・開けごま(郁文堂):非常勤1年目に使用。仕事の依頼が来てから、3日以内に教科書を決定しなければならなかったため、指導教授に相談。先生が使っている教科書をそのまま使うことにした。授業が始まってすぐ気づいたが、とても使いにくい教科書だった。構成は、各課とも、文章・文法事項の説明・練習問題・応用問題となっていたが、冒頭の文章がやや難しかったり、文法事項の出てくる順番にかなりクセがあったりして、教える際に困った。現在は同じ著者により、改訂版が出されている。そちらはもう少し使いやすくなってるみたい。


・アプファールト(三修社):挿絵がポップで非常に可愛らしかったので、それにつられて昨年の授業で使用。教授用資料が充実している。各頁の練習を授業でどのように進めたらいいのか等作り手側の提案が収録されている。全体的に内容が豊かで使いやすいのだが、前置詞、形容詞、比較級・最上級などの項目が「付録」の扱いになっているため、後期に少し困った。週1コマずつで、一年時に初級文法を終えないクラスには向いている。



・ウニ・プラッツ(同学社):実習用の教科書として今年使用している。文法的な解説は少なく、会話練習、パートナー練習が豊富。穴埋めの文法問題や作文、短文の読解問題も含まれているので、さまざまな練習ができる。使いやすいが、やや内容が易しい。また、章ごとのDialogがすこし短すぎる。会話表現の教科書にもかかわらず、挨拶の表現の頁が設けられていないのも欠点。会話・文法・作文といろいろな要素が偏りなく詰め込まれているので、実習用の教材としてはよくできている。足りない部分は文法書や問題集で補えばOK。


・ドイツ語の時間―読解編―〈読めると楽しい!〉(朝日出版社):文章の読解力の養成を目指した教科書。2年生のクラスで使用している。読解テクストだけでなく、文法問題やオリジナル戯曲なども収録されている。出版社から送られてくる大量の補助教材を使えば、何時間でも授業ができそう。

2)初級文法―文法の解説、穴埋め問題、作文など―

・身につくドイツ文法ver.2(郁文堂):非常に使いやすい。解説の詳しさ、練習問題の難易度のバランスがいい。発展練習には、パートナー練習とドイツ語作文の問題がある。文法のクラスは講義形式で単調になりがちだが、パートナー練習で楽しい雰囲気を作ったり、作文を宿題にすることで家庭での自学自習をさせることができる。昨年に続き今年も2クラスで使っている。



・ドイツ語の時間〈話すための文法〉(朝日出版社):『身につくドイツ文法』とともに、人気・定評のある教科書。説明がわかりやすく、練習問題の量もそこそこ多いので使いやすそうだが、『身につく〜』に比べて、練習問題が易しめ。京大で使用するのであれば、もう少し骨のある問題を補う必要がある。

・岩崎・平尾・初歩ドイツ文法(同学社):学部時代から愛用している『必携ドイツ文法総まとめ』の著者による文法の教科書。解説が詳しく、これだけ分量があれば、授業で話す内容にこまることもあるまい、と思い一年目に採用。実際に使ってみると、文法事項の説明がかなり細かい、練習問題がかなり難しい、などの問題点に気づいた。もう少し私に知識や技量があれば、この教科書を有効に活かすことができたのかもしれない。

・面白いぞドイツ語文法(朝日出版社):自分の授業では使用していないが、評判がよかったので取り寄せてみた。著者は京大のドイツ語学先生なので、文法的な説明が非常に細かい。練習問題も難しめ。しかし教科書としての構成はシンプルなので、うまく取捨選択すればどのレベルの学生に対しても使いやすいのでは。巻末の文法補足は、ちょっと詳しい説明、より詳しい説明と2段階に分けられており、「より詳しい説明」のほうは、ドイツ語学者向けとでも言えるような内容。じっくり読むとこれまで知らなかったことに気付かされることもある。

どんな教科書がいいのか?―備忘録として―

週に何コマもドイツ語を教えるようになって、いろいろな教科書のいいところ悪いところが徐々に見えてきた。もちろん学期が始まる前に、教科書を選ぶ段階でも、そうとう悩んでいるし、大量のサンプルに目を通している。この教科書を使えば、こういう授業ができる、こういう練習ができる、といった具合に、自分の授業のシミュレーションもしている。それでも授業は、実際に蓋を開けてみないとどうなるかわからない。
京都大学では各教員(専任も非常勤も)が自由に教科書を選んで構わない(こういう大学は珍しい方だと最近知った)のだが、自分が前年度中に、こういう学生が来てこういう授業をしようという目星をつけていても、じっさいに学期が始まらないと、担当する学部もクラスの人数も、学生たちの雰囲気も分からないのだ。

現在、ちょうど友人たちと教科書づくりを進めているので、新たな教科書に何を載せればいいのかを考えるためにも、既存の教科書の良い所・悪い所を分析して整理しておきたいと思うようになった。そこで、これまでに授業で使った教科書について、その印象や問題点などをまとめておく。


1)総合教材―会話・文法・作文・聞き取りなど―
・イメージするドイツ語(朝日出版社):使いやすい。週1時間授業のクラスにはちょうどいい。Dialogの例文はさほどむずかしくないし、毎回パートナー練習ができるようになっている点も使いやすい。難点は、付属CDのネイティブによる発音が早すぎること。あと、文法的な知識の定着を図るために、練習問題などを適宜補う必要もある。
問題点としては、コミュニケーション中心の構成となっているため、格の概念や、定冠詞・不定冠詞が出てくるのがやや遅いことが挙げられる。会話練習の課題文や練習問題などの補助教材を作る際に注意が必要。

・ぼくらの未来(朝日出版社):かなり使いにくい。DialogがDVDになっているのはいいが、いかんせん内容が難しすぎる。現地の若者の自然な会話を再現しているのかもしれないが、初めてドイツ語に触れる学生を対象にした教材としては、内容的にわかりにくい。文法事項もまとめてどっさり出てくる。授業では一ヶ月で一課ずつくらいのペースで、教科書はあまりつかわず、練習問題や会話文の教材を使ってフォローしている。


・開けごま(郁文堂):非常勤1年目に使用。仕事の依頼が来てから、3日以内に教科書を決定しなければならなかったため、指導教授に相談。先生が使っている教科書をそのまま使うことにした。授業が始まってすぐ気づいたが、とても使いにくい教科書だった。構成は、各課とも、文章・文法事項の説明・練習問題・応用問題となっていたが、冒頭の文章がやや難しかったり、文法事項の出てくる順番にかなりクセがあったりして、教える際に困った。現在は同じ著者により、改訂版が出されている。そちらはもう少し使いやすくなってるみたい。


・アプファールト(三修社):挿絵がポップで非常に可愛らしかったので、それにつられて昨年の授業で使用。教授用資料が充実している。各頁の練習を授業でどのように進めたらいいのか等作り手側の提案が収録されている。全体的に内容が豊かで使いやすいのだが、前置詞、形容詞、比較級・最上級などの項目が「付録」の扱いになっているため、後期に少し困った。週1コマずつで、一年時に初級文法を終えないクラスには向いている。



・ウニ・プラッツ(同学社):実習用の教科書として今年使用している。文法的な解説は少なく、会話練習、パートナー練習が豊富。穴埋めの文法問題や作文、短文の読解問題も含まれているので、さまざまな練習ができる。使いやすいが、やや内容が易しい。また、章ごとのDialogがすこし短すぎる。会話表現の教科書にもかかわらず、挨拶の表現の頁が設けられていないのも欠点。会話・文法・作文といろいろな要素が偏りなく詰め込まれているので、実習用の教材としてはよくできている。足りない部分は文法書や問題集で補えばOK。


・ドイツ語の時間―読解編―〈読めると楽しい!〉(朝日出版社):文章の読解力の養成を目指した教科書。2年生のクラスで使用している。読解テクストだけでなく、文法問題やオリジナル戯曲なども収録されている。出版社から送られてくる大量の補助教材を使えば、何時間でも授業ができそう。

2)初級文法―文法の解説、穴埋め問題、作文など―

・身につくドイツ文法ver.2(郁文堂):非常に使いやすい。解説の詳しさ、練習問題の難易度のバランスがいい。発展練習には、パートナー練習とドイツ語作文の問題がある。文法のクラスは講義形式で単調になりがちだが、パートナー練習で楽しい雰囲気を作ったり、作文を宿題にすることで家庭での自学自習をさせることができる。昨年に続き今年も2クラスで使っている。



・ドイツ語の時間〈話すための文法〉(朝日出版社):『身につくドイツ文法』とともに、人気・定評のある教科書。説明がわかりやすく、練習問題の量もそこそこ多いので使いやすそうだが、『身につく〜』に比べて、練習問題が易しめ。京大で使用するのであれば、もう少し骨のある問題を補う必要がある。

・岩崎・平尾・初歩ドイツ文法(同学社):学部時代から愛用している『必携ドイツ文法総まとめ』の著者による文法の教科書。解説が詳しく、これだけ分量があれば、授業で話す内容にこまることもあるまい、と思い一年目に採用。実際に使ってみると、文法事項の説明がかなり細かい、練習問題がかなり難しい、などの問題点に気づいた。もう少し私に知識や技量があれば、この教科書を有効に活かすことができたのかもしれない。

・面白いぞドイツ語文法(朝日出版社):自分の授業では使用していないが、評判がよかったので取り寄せてみた。著者は京大のドイツ語学先生なので、文法的な説明が非常に細かい。練習問題も難しめ。しかし教科書としての構成はシンプルなので、うまく取捨選択すればどのレベルの学生に対しても使いやすいのでは。巻末の文法補足は、ちょっと詳しい説明、より詳しい説明と2段階に分けられており、「より詳しい説明」のほうは、ドイツ語学者向けとでも言えるような内容。じっくり読むとこれまで知らなかったことに気付かされることもある。

2012年5月8日火曜日

就活する学生たちについて

今年から出講している大学では、2年生以上のクラスを担当しているのだが、集まった学生たちは半分くらいが4年生である。

4年生にもなって初級外国語の授業に出るなど、普通の大学ならば相当なダメ学生なんじゃないかと思われるが、ここでは外国語の取得単位数がやたら多いため、殆どの学生が、3年生になっても第二外国語の授業を履修しなければならないそうだ。しかも、たいていの大学の場合、一年時に選んだ第二外国語は何が何でも単位を取らなければならず、第二外国語が取れなかったために卒業もできなくなってしまったという話をかつてはよく聞いたものだが、私のクラスの学生たちは、ほとんど中国語や韓国語の初級を履修したあと、同じ言語を中級までやるのではなく、ドイツ語に流れてきたのだ。

だから、大学新入生に初級ドイツ語を教えるのとは少し勝手が違ってくる。希望にあふれ、好奇心に満ちた1年生たちに比べて、発音や挨拶のような初歩の初歩を教える際には、彼らの表情にはやはり、すでに通ってきた道、という冷めた雰囲気が漂っている。

この大学の学生たちは、よくも悪くも普通の子たちだ。勉強ができるわけでもなく、友だちと遊び呆けたり、カロリーの高いものをたくさん食べたりしている。かつてつとめていた大学では、オタクと元いじめられっ子が大半を占めており、ギャルやヤンキー系の学生たちは肩身が狭そうだったが、ここの学生たちはちょうど真逆。活発で元気が良くて楽しそうだ。

私のクラスは男子ばかりで、悪そうな奴らはだいたい友だちみたいな子たちと、就活中でスーツ姿の子たちが大半を占めている。そして「悪そうな〜」組とスーツ組が隔週で出席しているような状況だ。今週はスーツ組が何人か出席していて、授業のあとに就活中でこれまで欠席していたことを報告しにきた。

4年にもなって出なきゃならない授業がたくさんあるという状況自体がダメダメなのだが、そんなことはおくびにも出さず、「がんばれよ」、「きっといい会社に入れるよ」と励ましの言葉をかけた自分は、教師として甘いな、と思う反面、就活中の彼らがうらやましくもあった。彼らはまだまだ内定を取れないだろうが、授業に出る暇もないほど、毎週のように選考会や面接に行けるのだ。入れる、入れないはともかく、日本中の何百もの会社の入社試験を受ける資格があるのだ。それだけでも、すごいことだ。私も求職中で、毎日教員公募情報を見ているが、たぶん年間にエントリーできる求人は10から15くらいしかないだろう。分野によっては、もっと少いこともあるだろう。

それに比べれば、毎回落とされるにしても、求人があるだけいいじゃないかと思ってしまう。どうしても横並びで、同級生みんなと同じように就活をするため、早く内定がとれなければ、自分だけがダメなんじゃないかと思ってしまうのだろうが、視野を広げて、卒業式までにどこか入れれば、くらいの気持ちでがんばってほしい。前にも書いたが、就職すること自体が、何かになることではないのだ。それはせいぜい、何かになるための手段でしかないのだから。

就活する学生たちについて

今年から出講している大学では、2年生以上のクラスを担当しているのだが、集まった学生たちは半分くらいが4年生である。

4年生にもなって初級外国語の授業に出るなど、普通の大学ならば相当なダメ学生なんじゃないかと思われるが、ここでは外国語の取得単位数がやたら多いため、殆どの学生が、3年生になっても第二外国語の授業を履修しなければならないそうだ。しかも、たいていの大学の場合、一年時に選んだ第二外国語は何が何でも単位を取らなければならず、第二外国語が取れなかったために卒業もできなくなってしまったという話をかつてはよく聞いたものだが、私のクラスの学生たちは、ほとんど中国語や韓国語の初級を履修したあと、同じ言語を中級までやるのではなく、ドイツ語に流れてきたのだ。

だから、大学新入生に初級ドイツ語を教えるのとは少し勝手が違ってくる。希望にあふれ、好奇心に満ちた1年生たちに比べて、発音や挨拶のような初歩の初歩を教える際には、彼らの表情にはやはり、すでに通ってきた道、という冷めた雰囲気が漂っている。

この大学の学生たちは、よくも悪くも普通の子たちだ。勉強ができるわけでもなく、友だちと遊び呆けたり、カロリーの高いものをたくさん食べたりしている。かつてつとめていた大学では、オタクと元いじめられっ子が大半を占めており、ギャルやヤンキー系の学生たちは肩身が狭そうだったが、ここの学生たちはちょうど真逆。活発で元気が良くて楽しそうだ。

私のクラスは男子ばかりで、悪そうな奴らはだいたい友だちみたいな子たちと、就活中でスーツ姿の子たちが大半を占めている。そして「悪そうな〜」組とスーツ組が隔週で出席しているような状況だ。今週はスーツ組が何人か出席していて、授業のあとに就活中でこれまで欠席していたことを報告しにきた。

4年にもなって出なきゃならない授業がたくさんあるという状況自体がダメダメなのだが、そんなことはおくびにも出さず、「がんばれよ」、「きっといい会社に入れるよ」と励ましの言葉をかけた自分は、教師として甘いな、と思う反面、就活中の彼らがうらやましくもあった。彼らはまだまだ内定を取れないだろうが、授業に出る暇もないほど、毎週のように選考会や面接に行けるのだ。入れる、入れないはともかく、日本中の何百もの会社の入社試験を受ける資格があるのだ。それだけでも、すごいことだ。私も求職中で、毎日教員公募情報を見ているが、たぶん年間にエントリーできる求人は10から15くらいしかないだろう。分野によっては、もっと少いこともあるだろう。

それに比べれば、毎回落とされるにしても、求人があるだけいいじゃないかと思ってしまう。どうしても横並びで、同級生みんなと同じように就活をするため、早く内定がとれなければ、自分だけがダメなんじゃないかと思ってしまうのだろうが、視野を広げて、卒業式までにどこか入れれば、くらいの気持ちでがんばってほしい。前にも書いたが、就職すること自体が、何かになることではないのだ。それはせいぜい、何かになるための手段でしかないのだから。

2012年4月12日木曜日

学生たちはいつまでも若い

いつの間にか新学期がスタートしていて、昨日は滋賀県立大学で第一回目の授業があった。
おととし、自転車で琵琶湖一周をした時に湖岸道路から校舎を眺めたことがあったが、電車で行くのは今回が初めて。彦根市内なので、新快速であっという間だな、と思いきや、南彦根は鈍行しか停まらない。 

京都駅から鈍行列車に乗り込むと、何故かやたら混んでいる。

大阪方面行きなら、混むのも仕方ないが、なんでこんなに学生ふうの若者ばかり乗っているのだろうと、つり革につかまりながら考えていた。山科の薬科大と橘、石山の滋賀大、瀬田の滋賀医大と龍大と、各駅ごとの大学を思い出しながら席があくのを待っていたら、やはり瀬田でたくさん降り、さらに南草津でほとんどの若者が降りていった。南草津ってなんだ?と思い検索したら立命館があるのだとわかった。 

草津から先はもうガラガラ。ほとんど人の動きのない車内で、小一時間を過ごした。あいにく雨だったが、景色を眺めるとなんだか栃木の風景のようで、懐かしかった。 

南彦根からは市バスで移動。15分くらいで県立大についた。家からはだいたい2時間弱。近大よりは遠いが堺看護と同じくらいか。 

初回ということで、ドイツ語の専任教員に案内してもらったり、学生の様子を聞いたりした。大学がまだ新しいので校舎はきれいだが、学生数は少ないのでこじんまりしていた。 

私が担当するドイツ語は3時間目、4時間目とも、1年生向けの授業。初回なので、自己紹介、学生へのアンケート、ドイツ語についての説明などをやった。学生へのアンケートは、ドイツ語や他の外国語の既習歴を聞くことが目的だが、出身地や大学でやってみたいことなどの項目を入れることで、学生それぞれの個性が見えて面白い。今回は出身校も書いてもらったが、北野、洛北、膳所など名門校出身の子が多いことに驚いた。県立大の偏差値がどのくらいかは知らないが、学生の知的レベルは高いのかもしれない。実際に話しをしていても、みんなよく聞いてくれるし話すことへの反応もとてもいい。とくに3時間目のクラスは女子ばかり(8割くらい?)で、ドイツ語のクラスじゃないみたいだった。 

近大のときには用意できなかったが、今回はドイツ語とドイツ語圏文化を紹介する 
スライドを見せたので、学生たちもドイツ語に対するイメージがふくらんだかもしれない。 
そのなかで、自分の子供時代の大きな出来事として、ベルリンの壁について話した。 

逆に学生たちにとってはどんなことが子供時代の出来事として記憶されてるのか聞いてみたところ何人かの学生は2001年の同時多発テロを挙げてくれた。また、記憶の中で最初のオリンピックは、2004年のアテネ大会だと言っていた子もいた。今年の新入生は現役なら93年か94年生まれ。彼らにとっては、2001年が最も古い記憶なのだ。思わず遠い目をしてしまった。93年、94年といえば、私はちょうど高校生で、毎日陸の牢獄栃木で、男漬けの高校生活を送っていた時期だ。あの頃からもう18年も経ってしまったのだ。 

私は毎年年をとるが、学生たちはいつまでも若い。毎年18歳のままだ。 
彼らにとっての自我の原点は、だんだん私の現代に近づいてくる。 
数年前、大学で教え始めた時期には、古い記憶といえば神戸の震災だったのに。 

教員という仕事をしていると誰もが感じることだろうが、とくに私のような語学教師は 
1年生ばかり相手にしているので、なおのこと学生との歳の差を思い知る。 


それはともかく、子供時代の社会的な出来事の記憶については、もっといろんな人に聞いてみたいと思っている。学生たちにとって、バブル景気やベルリンの壁が、遠い過去の話で教科書の中のエピソードでしかないように、私自身にとってもオイルショックや学園紛争はあまりに遠い過去の出来事のように思える。あたり前のことだが、あらゆる出来事について、それを経験した年齢の違いや地域の違いが、受け止め方やその後の考え方に大きな違いをもたらすからだ。それは私たち夫婦においても、年齢はひとつしか違わないのに、育った場所がだいぶ離れているせいで、子供の頃の記憶に隔たりがあったりする。 

大学1年生の調べ学習みたいだが、人が世の中の出来事をどう記憶しているのか、というのは最近の私にとっておもしろいテーマとなっている。 

学生たちはいつまでも若い

いつの間にか新学期がスタートしていて、昨日は滋賀県立大学で第一回目の授業があった。
おととし、自転車で琵琶湖一周をした時に湖岸道路から校舎を眺めたことがあったが、電車で行くのは今回が初めて。彦根市内なので、新快速であっという間だな、と思いきや、南彦根は鈍行しか停まらない。 

京都駅から鈍行列車に乗り込むと、何故かやたら混んでいる。

大阪方面行きなら、混むのも仕方ないが、なんでこんなに学生ふうの若者ばかり乗っているのだろうと、つり革につかまりながら考えていた。山科の薬科大と橘、石山の滋賀大、瀬田の滋賀医大と龍大と、各駅ごとの大学を思い出しながら席があくのを待っていたら、やはり瀬田でたくさん降り、さらに南草津でほとんどの若者が降りていった。南草津ってなんだ?と思い検索したら立命館があるのだとわかった。 

草津から先はもうガラガラ。ほとんど人の動きのない車内で、小一時間を過ごした。あいにく雨だったが、景色を眺めるとなんだか栃木の風景のようで、懐かしかった。 

南彦根からは市バスで移動。15分くらいで県立大についた。家からはだいたい2時間弱。近大よりは遠いが堺看護と同じくらいか。 

初回ということで、ドイツ語の専任教員に案内してもらったり、学生の様子を聞いたりした。大学がまだ新しいので校舎はきれいだが、学生数は少ないのでこじんまりしていた。 

私が担当するドイツ語は3時間目、4時間目とも、1年生向けの授業。初回なので、自己紹介、学生へのアンケート、ドイツ語についての説明などをやった。学生へのアンケートは、ドイツ語や他の外国語の既習歴を聞くことが目的だが、出身地や大学でやってみたいことなどの項目を入れることで、学生それぞれの個性が見えて面白い。今回は出身校も書いてもらったが、北野、洛北、膳所など名門校出身の子が多いことに驚いた。県立大の偏差値がどのくらいかは知らないが、学生の知的レベルは高いのかもしれない。実際に話しをしていても、みんなよく聞いてくれるし話すことへの反応もとてもいい。とくに3時間目のクラスは女子ばかり(8割くらい?)で、ドイツ語のクラスじゃないみたいだった。 

近大のときには用意できなかったが、今回はドイツ語とドイツ語圏文化を紹介する 
スライドを見せたので、学生たちもドイツ語に対するイメージがふくらんだかもしれない。 
そのなかで、自分の子供時代の大きな出来事として、ベルリンの壁について話した。 

逆に学生たちにとってはどんなことが子供時代の出来事として記憶されてるのか聞いてみたところ何人かの学生は2001年の同時多発テロを挙げてくれた。また、記憶の中で最初のオリンピックは、2004年のアテネ大会だと言っていた子もいた。今年の新入生は現役なら93年か94年生まれ。彼らにとっては、2001年が最も古い記憶なのだ。思わず遠い目をしてしまった。93年、94年といえば、私はちょうど高校生で、毎日陸の牢獄栃木で、男漬けの高校生活を送っていた時期だ。あの頃からもう18年も経ってしまったのだ。 

私は毎年年をとるが、学生たちはいつまでも若い。毎年18歳のままだ。 
彼らにとっての自我の原点は、だんだん私の現代に近づいてくる。 
数年前、大学で教え始めた時期には、古い記憶といえば神戸の震災だったのに。 

教員という仕事をしていると誰もが感じることだろうが、とくに私のような語学教師は 
1年生ばかり相手にしているので、なおのこと学生との歳の差を思い知る。 


それはともかく、子供時代の社会的な出来事の記憶については、もっといろんな人に聞いてみたいと思っている。学生たちにとって、バブル景気やベルリンの壁が、遠い過去の話で教科書の中のエピソードでしかないように、私自身にとってもオイルショックや学園紛争はあまりに遠い過去の出来事のように思える。あたり前のことだが、あらゆる出来事について、それを経験した年齢の違いや地域の違いが、受け止め方やその後の考え方に大きな違いをもたらすからだ。それは私たち夫婦においても、年齢はひとつしか違わないのに、育った場所がだいぶ離れているせいで、子供の頃の記憶に隔たりがあったりする。 

大学1年生の調べ学習みたいだが、人が世の中の出来事をどう記憶しているのか、というのは最近の私にとっておもしろいテーマとなっている。 

2012年3月23日金曜日

京都マラソンに思うこと

3月11日の日曜日に、第1回京都マラソンが開催された。
スタート地点は我が家からも程近い西京極の競技場。桂川から嵐山を経て、
広沢池、きぬかけの路を通って、金閣寺を迂回して上賀茂へ。そこから下鴨、鴨川沿い、
今出川・東大路を行ったりきたりして、岡崎平安神宮前でゴール、というコース。

3年前まではハーフマラソンが開催されていたが、規模を大きくしてリニューアルした
とのことだった。京都シティハーフのスタートは平安神宮で、当時の自宅からほど近かった
ので、3年前に出場した。当時も参加者が多すぎるな、と思ったし、ハーフとしては
参加費がかなり高額だと思った。たぶん5000円〜6000円くらい?ハーフなら相場は
2000〜4000円台までだ。田舎の小規模な大会であれば、4000円くらいのフルマラソンもある。

これだけ参加料を徴収しておいて、運営は赤字になっていたらしいので、こういう大都市で
道を塞ぐのにどれだけお金がかかるのかということが窺える。
それで、フルマラソン化した今回は、被災地への義援金も含めて参加料は15000円。
バカ高い。そして参加者も1万4,000人弱集めている。東京マラソンは3万人くらいが走った
らしいが、1万人を超えるマラソンというのは、そうとう広い会場でないとできない。
スタート地点の西京極陸上競技場では、スタート開始から数分たっても競技場内にすら
入れない人がいたそうだ。西京極駅は、ホームから人が落ちたり、階段で将棋倒しになったりしかねないほどの混雑だったという。

私は自宅から近い広沢池で、トップ選手から30分くらい応援していたが、帰ろうとしているときに、ランナーが路上に溜まっているのを見た。怪我人でも出たかと思ったが、交通整理の係の人が、緊急車両の通過だとか言ってランナーを止めていたのだ。救急車も消防車もまったく近くには見えなかった。それほど近づいてもいない車のために、ランナーが止められるなどということがマラソン大会でありうるのか?と不審に思った。

翌日ランナーズに投稿された大会の完走レポートで、やはりランナーが止められていたのは、緊急車両の通過のためなどではなく、運営側が、道路が混雑しすぎてしまうので交通整理のために行ったことだったと分かった。広沢池の手前で交通整理ということは、山越一条の交差点からの上り坂、および音戸山から下って福王寺の交差点手前の坂、というすぐ後に続く狭い道の区間があるからだろう。もちろん危険を避けるために、交通整理をするのは必要だ。だが、そもそも参加者には、途中で止められることがあるということについて説明がなかったというし、止めなければならないほど狭い道を使ったり、大人数を走らせたりすることが大きな問題ではないだろうか。

そう、簡単に言ってしまえば、京都のちいさな盆地では、フルマラソンのコースをとることは非常に困難なのだ。もちろん数十人が走る駅伝のコースくらいなら、交通規制の負担も小さいのでぜんぜん問題ない。だが、1万人を超える人が数時間にわたって走り続けるような大会で、すくなくとも京都市の中心部を通るコースを作るのは、相当に無理がある。
ランナーズのレポートでも、コースを見直すべきという意見が多かった。

そこで海外では、どのように大都市型マラソンのコースを作っているのか、いくつかのマラソン大会のコースを見てみた。ドイツでは、毎週のように都市型マラソンが開催されている。BMW主催のフランクフルトマラソンは、前半がゲーテハウスやザクセンハウゼンなど旧市街の名所、後半がフランクフルト方面(市内西部)という感じだが、前半15kmのコースがあまりに複雑。おそらく旧市街周辺に大きな道路(バイパスなど)がありそこを封鎖するわけには行かないから、中心街を何度も往復することにしたのだろう。一方おなじBMW主催のベルリンマラソンは、ブランデンブルク門をスタートし、Mitte北部をぐるっと回って、Kreuzberg, Steglitz, Zehlendorfと市内南西部を通って、ウンター・デン・リンデンからブランデンブルク門にゴール、というコース。一度も同じ所を通らずに、しかもベルリン中心部の半分くらいしか通過していないのに、ちゃんと42km取れている。自分で行った時にも、東京よりはるかに大きな町だとわかってたけど、改めてベルリンの大きさに驚かされる。

もし京都でもっと安全で快適なマラソンコースを作るとしたらどうしたらいいだろうか?市内中心部を使うことは諦めて、上賀茂から市原を越えて岩倉あたりまで行くコースを考えてみたが、これもやはり実現困難だろう。