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2015年2月2日月曜日

やる夫と学ぶドイツ語(後期後半)

今年も無事、15回の授業とテストを終えることができた。これからしばらく授業のない日々が続くと思うとやはりうれしい。しかしこのうれしい時期も、ドイツに資料探しに出かけたり、自分の研究に励んだり、マラソンの練習に打ち込んだりしている間にあっという間に終わってしまう。それは毎年経験していることだ。そして気がついたら学期が始まっていて、前の学期のことなどきれいさっぱりわすれてしまうのだ。これはおそらく学生にとっても同じだろう。私が、前の年にどのように教えていたのか思い出せないように、新学期になれば学生たちはseinってなんだっけ?となることだろう。それは当然のことだから不勉強だとかやる気が無いなんていってもしかたがない。忘れてしまったら、また勉強しなおせばいい。語学とはそうやって学んでいくものだと私は思っている。

さて、今回は前のエントリが10月中旬ごろまでの授業プリントの話だったので、その続きを補完しておきたい。学園祭後の第8回から第15回まで、イラスト入りのプリントを作ってみた。

第7回は小テスト、その後学園祭休みを挟んだ第8回。
従属接続詞や副文の話はやはり教えにくかった。
所有冠詞=私の、君のなど名詞の前につけるもの。
やる夫やらない夫そしてダディクールがそろったAAを利用。
こういうインパクトの強いプリントを使うと、学生も「ああ、あの時やったやつ」みたいに覚えてくれる(ように思う)。
ドイツ語の冠詞や形容詞、代名詞などは、格によってたくさんの変化をする。
次から次へと似たようなのが出てくるので半ば悪夢のようだ。
このAAは大変好評で、twitterでも何回もリツイートされていた。
この回は、教科書では小出しに説明されていた(挫折する学生が出ないように配慮したのだろうか)定冠詞・不定冠詞の変化を、一気にまとめて説明した。まとめて説明すると混乱する学生は当然出てくるが、逆に小出しに説明すると、全体像がよく分からなくて苛立つ学生もいる。
うまいネタが思い浮かばず、自分としてはつまらないAAになってしまったように
思っていたが、学生たちの反応はよかった。
この回では、いくつかの教科書をヒントに、作文練習やパートナー練習を入れてみた。通常授業プリントは1ページに収まるようにしている(そうしないと1コマで終わらない)が、この回は2ページ両面。2週かけてじっくり現在完了を説明した。
AAまとめサイトでみつけたやる夫壁ドンのAA。
いつか使ってみたいと思っていたが、うまくクリスマスに絡めることができてよかった。
13回目は年内最終回だったので、毎年どこのクラスでもやっているように、ドイツのクリスマスについて紹介して、クリスマスカードやお正月の挨拶に用いられる表現を説明した。昨年はちょうどテレビでいろいろな番組がドイツのクリスマスやクリスマス市を取り上げていたため、映像を見せたりすることもできた。
やる夫シリーズじゃないけどいい雰囲気のAAだったので使ってみた。
年明けはふたたび現在完了の復習をした。教科書で一年目に進めるのはここまでである。通常初級文法に含められる、形容詞の格変化、比較、前置詞、接続法などは取り上げない。週一コマだとやはりできることに限りがある。
また、この回では、時事ネタということでベイマックスのAAも入れてみた。
何だかわからないかもしれないと心配していたが、
学生たちはすぐに分かってくれた。
最終回は、後期の学習内容のまとめを行った。
テストに対するなげやりな思いをやる夫に代弁させたつもり。
来年度は何をしようか。おそらく教科書が変わるので、今年のように毎週補助プリントを使わなければならないということはなさそうだ。それでも、このAAをつかったプリントが
学生にも好評でそれなりに学習効果もあった(プリントの絵で学習内容を記憶している学生が多かった)から、何らかの形で続けられればと思っている。

やる夫と学ぶドイツ語(後期後半)

今年も無事、15回の授業とテストを終えることができた。これからしばらく授業のない日々が続くと思うとやはりうれしい。しかしこのうれしい時期も、ドイツに資料探しに出かけたり、自分の研究に励んだり、マラソンの練習に打ち込んだりしている間にあっという間に終わってしまう。それは毎年経験していることだ。そして気がついたら学期が始まっていて、前の学期のことなどきれいさっぱりわすれてしまうのだ。これはおそらく学生にとっても同じだろう。私が、前の年にどのように教えていたのか思い出せないように、新学期になれば学生たちはseinってなんだっけ?となることだろう。それは当然のことだから不勉強だとかやる気が無いなんていってもしかたがない。忘れてしまったら、また勉強しなおせばいい。語学とはそうやって学んでいくものだと私は思っている。

さて、今回は前のエントリが10月中旬ごろまでの授業プリントの話だったので、その続きを補完しておきたい。学園祭後の第8回から第15回まで、イラスト入りのプリントを作ってみた。

第7回は小テスト、その後学園祭休みを挟んだ第8回。
従属接続詞や副文の話はやはり教えにくかった。
所有冠詞=私の、君のなど名詞の前につけるもの。
やる夫やらない夫そしてダディクールがそろったAAを利用。
こういうインパクトの強いプリントを使うと、学生も「ああ、あの時やったやつ」みたいに覚えてくれる(ように思う)。
ドイツ語の冠詞や形容詞、代名詞などは、格によってたくさんの変化をする。
次から次へと似たようなのが出てくるので半ば悪夢のようだ。
このAAは大変好評で、twitterでも何回もリツイートされていた。
この回は、教科書では小出しに説明されていた(挫折する学生が出ないように配慮したのだろうか)定冠詞・不定冠詞の変化を、一気にまとめて説明した。まとめて説明すると混乱する学生は当然出てくるが、逆に小出しに説明すると、全体像がよく分からなくて苛立つ学生もいる。
うまいネタが思い浮かばず、自分としてはつまらないAAになってしまったように
思っていたが、学生たちの反応はよかった。
この回では、いくつかの教科書をヒントに、作文練習やパートナー練習を入れてみた。通常授業プリントは1ページに収まるようにしている(そうしないと1コマで終わらない)が、この回は2ページ両面。2週かけてじっくり現在完了を説明した。
AAまとめサイトでみつけたやる夫壁ドンのAA。
いつか使ってみたいと思っていたが、うまくクリスマスに絡めることができてよかった。
13回目は年内最終回だったので、毎年どこのクラスでもやっているように、ドイツのクリスマスについて紹介して、クリスマスカードやお正月の挨拶に用いられる表現を説明した。昨年はちょうどテレビでいろいろな番組がドイツのクリスマスやクリスマス市を取り上げていたため、映像を見せたりすることもできた。
やる夫シリーズじゃないけどいい雰囲気のAAだったので使ってみた。
年明けはふたたび現在完了の復習をした。教科書で一年目に進めるのはここまでである。通常初級文法に含められる、形容詞の格変化、比較、前置詞、接続法などは取り上げない。週一コマだとやはりできることに限りがある。
また、この回では、時事ネタということでベイマックスのAAも入れてみた。
何だかわからないかもしれないと心配していたが、
学生たちはすぐに分かってくれた。
最終回は、後期の学習内容のまとめを行った。
テストに対するなげやりな思いをやる夫に代弁させたつもり。
来年度は何をしようか。おそらく教科書が変わるので、今年のように毎週補助プリントを使わなければならないということはなさそうだ。それでも、このAAをつかったプリントが
学生にも好評でそれなりに学習効果もあった(プリントの絵で学習内容を記憶している学生が多かった)から、何らかの形で続けられればと思っている。

2014年10月22日水曜日

やる夫と学ぶドイツ語

後期が始まってはや6週目。次回の小テストでちょうど半分ということになる。今期のドイツ語総合2(初級クラス)では、毎回プリントを作成し、文法事項の確認や、練習問題などを載せている。

前期の授業で好評だった、アスキーアートのやる夫とやらない夫も毎週登場させている。私の場合ドイツ語総合の授業は水曜の1、2、3時限および金曜の2時限にある。準備はだいたい月曜日の午後にするが、どんなイラストを入れるかは、水曜日の授業が終わるとすぐに考え始めている。授業の準備といえば、だいたい半分くらいの時間はどのAAをプリントに入れるかを考えることに充てている。


初級文法を教えるのはもう5年目なので、もはやどんな教科書を使っても、だいたい同じような授業ができるようにはなったが、ほんとうにこれでいいのかと悩むことも多くなった。

教科書の文法事項を解説し、学生に練習させる。その繰り返しという漫然とした授業ではなく、もうすこし一回一回の授業にテーマ性を持たせることはできないか?とかんがえるようになった。今回の中心的なテーマはこれ!というのをもっとちゃんと理解してもらいたいし、一コマの授業に中心を作ることは自分自身にとってももちろん有益だ。やる夫とやらない夫のイラストを入れることは、授業にテーマ性を持たせることにも一役買っている。彼らの表情やセリフがその回の授業の中心テーマとなるのだ。

はじめはそんなたいそうなことなど考えていたわけではなく、ちょっとした楽しみのつもりでやってみたことだった。しかし何回も続けているうちに、やる夫はこの授業の顔になってきたとも言える。これからまだあと半分残っている。今後のやる夫にも注目してもらいたい。
後期1回目。現在完了をつかって、夏休みにやったことを話す練習。
後期2回目。不規則動詞の変化を学ぶ。この回で、やらない夫が先生、やる夫が学生というパターンが定着。
後期3回目。命令形の練習。命令形は相手が2人称、ということで身近な命令の例として作った。
後期4回目。やらない夫先生とやる夫学生のパターン。やる夫の動きと表情がかわいいと好評だった。

後期5回目。時刻の表現。時間つながりで引きこもりやる夫の家族。やる夫がちょっとかわいそうだが。
後期5回目(理工学部のみ)。定冠詞類と不定冠詞類の説明。いい考えがうかばないので、
困っている学生自体の姿をやる夫で表現。

後期6回目。分離動詞ということで、分裂するダディクールを。学生からは「気持ち悪い!」と不評。






やる夫と学ぶドイツ語

後期が始まってはや6週目。次回の小テストでちょうど半分ということになる。今期のドイツ語総合2(初級クラス)では、毎回プリントを作成し、文法事項の確認や、練習問題などを載せている。

前期の授業で好評だった、アスキーアートのやる夫とやらない夫も毎週登場させている。私の場合ドイツ語総合の授業は水曜の1、2、3時限および金曜の2時限にある。準備はだいたい月曜日の午後にするが、どんなイラストを入れるかは、水曜日の授業が終わるとすぐに考え始めている。授業の準備といえば、だいたい半分くらいの時間はどのAAをプリントに入れるかを考えることに充てている。


初級文法を教えるのはもう5年目なので、もはやどんな教科書を使っても、だいたい同じような授業ができるようにはなったが、ほんとうにこれでいいのかと悩むことも多くなった。

教科書の文法事項を解説し、学生に練習させる。その繰り返しという漫然とした授業ではなく、もうすこし一回一回の授業にテーマ性を持たせることはできないか?とかんがえるようになった。今回の中心的なテーマはこれ!というのをもっとちゃんと理解してもらいたいし、一コマの授業に中心を作ることは自分自身にとってももちろん有益だ。やる夫とやらない夫のイラストを入れることは、授業にテーマ性を持たせることにも一役買っている。彼らの表情やセリフがその回の授業の中心テーマとなるのだ。

はじめはそんなたいそうなことなど考えていたわけではなく、ちょっとした楽しみのつもりでやってみたことだった。しかし何回も続けているうちに、やる夫はこの授業の顔になってきたとも言える。これからまだあと半分残っている。今後のやる夫にも注目してもらいたい。
後期1回目。現在完了をつかって、夏休みにやったことを話す練習。
後期2回目。不規則動詞の変化を学ぶ。この回で、やらない夫が先生、やる夫が学生というパターンが定着。
後期3回目。命令形の練習。命令形は相手が2人称、ということで身近な命令の例として作った。
後期4回目。やらない夫先生とやる夫学生のパターン。やる夫の動きと表情がかわいいと好評だった。

後期5回目。時刻の表現。時間つながりで引きこもりやる夫の家族。やる夫がちょっとかわいそうだが。
後期5回目(理工学部のみ)。定冠詞類と不定冠詞類の説明。いい考えがうかばないので、
困っている学生自体の姿をやる夫で表現。

後期6回目。分離動詞ということで、分裂するダディクールを。学生からは「気持ち悪い!」と不評。






2014年9月18日木曜日

ドイツふりかえり3博物館めぐり

今回の滞在では、フランクフルトとライプツィヒの国立図書館だけでなく、さまざまな分野の資料を閲覧し、図録や本などを買うため、いろいろな博物館にも行ってみた。フランクフルト、ライプツィヒ、ドレスデンで行ってきた博物館について順を追って整理したい。

知人に勧められてフランクフルト滞在二日目に訪れたシュテーデル美術館。美術館ってけっこう体力を奪う(集中して見るから?)からちょっと敬遠してたんだけど、行ってみたらやはりすばらしかった。この美術館は、中世・近世の絵画から現代美術まで、非常に幅広くそして数々の名作が収められている。とりわけ有名なのは、イタリアのゲーテ像。ゲーテが座っている背景が非常に細かく書き込まれているが、なぜか私はゲーテの足が小さいことがちょっと気になった。印象派以前の絵画を見ると非常に緻密に木々の葉を一枚一枚描いている絵が多いが、そのぎっしり緑が茂る様子は、ちょうどいま自分が外で見ている夏のドイツの風景と同じなんじゃないかと気づいた。つまり、短い夏に一気に生い茂る緑が人に与えるエネルギーみたいなのが、こういったぎっしりした絵を描かせるのではないかと思った。

マイン川の橋からみたシュテーデル美術館

私は、2013年3月にドレスデンに滞在した際にも、ライプツィヒを一度訪れている。(過去日記参照)当時は博士論文を刊行する準備を進めており、そのためにいくつか行っておきたい場所があって、その一つがこの博物館だった。クラインガルテンというのは、1860年代後半に、ライプツィヒの医者で教育家だったダニエル・ゴットロープ・モーリツ・シュレーバーの身体運動を重視する教育論に感銘を受けたハウスシルトという人物が、ライプツィヒ西部に開いた庭園を起源としている。ハウスシルトはシュレーバーの理念に則り、いくつかの個人菜園(20m四方くらい)と遊技場(100m四方くらい)を備えたシュレーバー庭園を各地に設立した。これが現在までドイツ各地にあるクラインガルテンとして残っている。博物館では、初期のクラインガルテン協会から、20世紀以後にどのように発展していったかが多数の写真や当時の物品とともに解説されていた。クラインガルテンというのは、単なる趣味の菜園としてのみならず、子供の教育や、大人の余暇活動、そしてドイツ人の自然観とも関わっているし、さらに100年以上前のドイツ人が都市生活をどのように考えていたのかを知る上でも大変興味深いものである。これまでは、シュレーバーの教育論にもっぱら関心を持ってきたが、もう少し後の時代のことも含め、調べてみたいと思った。
シュレーバー協会設立に関わった人物たち

D.G.M.シュレーバーの体操書


ここも単著を出す前に訪れなければならないと思いながら、ライプツィヒ滞在時には行くことができなかった場所。前回はまだ真冬の寒さだったし、場所がうろ覚えで、道に迷ってたどり着けなかったのだ。路面電車くらいしか通らない広々としたJahnalleeをガタガタ震えながら歩いて生命の危険を感じた。今回は時間に余裕があったので、しっかりホームページで確認して行ってみたところ、クラインガルテン博物館のすぐ近くだった。小さい博物館なので、開館日が限られており、ライプツィヒ到着から一週間近くたってから、ようやく訪れることができた。展示は、やはりこの街で一番有名な精神病患者、ダニエル・パウル・シュレーバーについても大きく取り上げられていた。すぐ近くのクラインガルテン博物館では、父親のモーリツ・シュレーバーの肖像画が掲げられていたが、息子のダニエル・パウルについてはまったく言及されていなかった。
ドイツ語圏を代表する精神病者ダニエル・パウル・シュレーバーについての展示パネル

英語の翻訳書とともに、日本語版のシュレーバー回想録もあった


こちらは前回の滞在時にも訪問している。二度目だ。常設展として、古代中世から20世紀の大戦にいたるまで、ドイツを中心にさまざまな武器や軍事車両、新聞記事や衣服などが展示されている。この博物館は、かつてのドイツ軍の砲兵工廠に作られている。そのため建物がとても大きく、展示物も大きなものが多い。兵士を東部戦線へと運んだ貨車とか、ドイツで最初に建造された潜水艦、そしてドイツで最大の口径を誇った巨大な大砲とその砲弾(直径80センチ)などはとても見応えがある。前回も興奮して写真をとったが、今回も一番印象に残っているのは、ミサイルと防衛(Waffen und Schützen)の部屋。10m以上ある高い天井から、大小様々なサイズのミサイルが吊るされる。一方地上には、コンクリートや鋼鉄で作られたトーチカ(大きい物ではなく、個室サイズ)が置かれている。当時の兵士たちは、分厚いコンクリの塊とはいえ、こんな小さな密室に隠れて、ミサイルの攻撃に耐えていたのかと思うと恐ろしくなった。
今回行こうと思ったのは、特別展が興味のあるものだったため。精神病院の入院患者たちが、どのように戦争を体験し、それを記述したかというもの。それぞれの絵に、患者ひとりひとりの思い入れや恐れが反映されていて、もっとじっくり調べたいテーマだと思った。
軍事博物館の外観

コンクリート製のトーチカ。人がひとり入るのがやっとの大きさ。

スポーツと教育についての調査が今回の滞在の中心的な目的だった。そのため、国立図書館だけでなく、こういったスポーツ関係の博物館で展示を見たり、図録を買ったりしようと思っていたのだ。ドイツで大きなスポーツ博物館は、ケルンのオリンピック博物館だそうだ。しかしケルンは遠い。フランクフルトからは大して遠くないが、フランクフルトとライプツィヒに滞在する予定であれば、ケルンは方向がずれる。どうにかならないかともう少し調べたところライプツィヒにも博物館があることがわかった。とくにライプツィヒのスポーツ博物館は、ライプツィヒとザクセン地方の体操の歴史、そしてDDRにおけるスポーツの歴史についての資料を収蔵しているらしい。それならなおのこと好都合と思ったが、現地に来てようやくこの博物館が常設のものではなく、メールで訪問の予定と目的を連絡しなければ入れないということが分かった。しかも博物館側は、毎日午後に一通しかメールをよこさない。つまりメールのやりとり一往復で2日かかるのだ。そのため最初のメールから一週間たってようやく博物館を訪れることができた。博物館といっても、倉庫の半地下室の物置だ。事務室や作業場があるが、それ以外はダンボールや本棚そして通路にも未整理の収蔵品がおいてあった。この物置の一角にデスクを一つ貸してもらい、そこでドイツの体操についての資料を見せてもらうことができた。資料を探すとはいえ、この博物館に何があるのかよくわからないままに来てしまった私は、とりあえず学芸員さんが提案してくれた資料と、別の資料にタイトルが出てきた雑誌をいくつかデジカメで撮影するくらいのことしかできなかった。もう少し調査を進めて、欲しい資料がはっきりしていたら、この博物館ももっと有効に使えるかもしれない。また来年辺りくるかもしれない、と伝えると学芸員の女性はいつでも来てねと笑って言った。
博物館で貸してもらえたデスク

デスクの後ろにはあん馬と資料の棚

音楽には詳しくないが、機械としての楽器は面白いし、音声という自然にあふれているものを秩序化する音楽、そして音楽を作るための楽器の発展というのは、コンピュータや通信メディアの発達とも大いに関係があるように思えるので、以前から興味を持っていた。古い弦楽器や鍵盤楽器の展示を見ていると、弦の数が今よりも多かったり、作りがはるかに複雑だったりする。おそらくは、音の分節化が今とは異なっていたのだろう。時代が下るにつれ、楽器はシンプルに軽量化されていく。そして19世紀末には自動楽器や録音再生装置が開発される。この博物館でなんとしても見たかったのが、この「ジンフォニオン」である。シュレーバーが入院中に愛用したというこの自動楽器は本当はどのようなものなのか、実は本を出す直前までよくわかっていなかった。ピアノのように大掛かりなものか、またはエジソン蓄音機みたいな円筒状の音盤をくるくる回すものだろうと思っていた。試しにネットで調べてみて、今のレコード再生装置と殆ど変わらない外観であることに驚き、ジンフォニオンについての論文中の記述を修正したりもした。今回ようやく本物を間近に見て、思いの外小さいことに驚いた。写真からも分かるように、音盤の大きさは30センチくらい。外箱も一辺の長さは35cmほどだ。これだけコンパクトな装置が100年以上前にはもう作られていたことに感動した。この博物館のすばらしいところは、楽器の展示だけでなく、各部屋に設けられた機械で、当時の楽器の音を聞くことができるということだ。自動楽器の奏でる音楽も聞くことができた。
博物館の外観。庭園もとてもきれい。

ジンフォニオン(ディスクオルゴール)

2014年9月8日月曜日

ドイツふりかえり2ドレスデンとライプツィヒ

今日は、2013年春に一ヶ月滞在したドレスデンと、2014年夏に10日間過ごしたライプツィヒ、というザクセン州の二つの街を比較したい。
ザクセン州の地図。二つの中心都市ライプツィヒとドレスデンがある。
両都市は電車で1時間ほどの距離。

両都市は、ドイツ東部(旧東ドイツ地域)のザクセン州を代表する大都市であり、それぞれ50万人以上の人口を有する(Dresden51万、Leipzig53万)。ドレスデンには大きなオペラ座があり、ヴァグナーが滞在したことから、音楽で有名だし、ライプツィヒは大学都市であり、現在もドイツ有数の出版の町として知られる。ひとつの地域に同程度の規模の都市が二つあることから、なんとなく群馬県における前橋と高崎、あるいは埼玉の浦和と大宮、または長野県における長野と松本みたいな関係をイメージしていたのだが、実際に行って比較してみるといくつか違うところがあるとわかった。

町の成り立ちから生じる違い
ドレスデンは王宮のまち、いわば城下町である。ザクセン選帝侯領の首都がここに置かれていた。いっぽうライプツィヒは、街道の要所として商業と学問の街として栄えてきた。ライプツィヒ大学は、ドイツではハイデルベルク大学に続いて1409年に設立された大変伝統ある大学だ。現在もライプツィヒは、ドレスデンやチェコ方面(東)、ニュルンベルクなどバイエルン方面(南)、ベルリンやドイツ北部(北)そしてフランクフルト方面(西)へと続く鉄道網が交差する場所だ。

諸国民戦争記念碑からライプツィヒ市内を望む。ほぼ平坦な土地であることがわかる。
また、地理的・地形的にも街の雰囲気は大きく異る。ドレスデンはエルベ川、ライプツィヒはザーレ川の流域にあるが、ドレスデンがエルベ川の谷沿いに南北に狭く東西に細長い市街地を形成しているのに対し、ほぼ平地にあるライプツィヒの場合は、ザーレ川は市の中心部より少し離れたところを流れている。
街を流れる河川との関係や、地形の違いをとっても、二つの街の性格の違いがよく分かる。
ライプツィヒ市内中心部からほど近いところに、古い高層住宅が残っている
ライプツィヒの場合は、ウィーンやパリのように旧市街地がぐるりと環状道路で囲まれており、その外側に住宅地が広がっている。旧市街を出た西および南がわにはきれいな住宅が立ち並んでいるお屋敷街がある。エルベ川の谷底を中心とするドレスデンの場合、川に面した旧市街の外、坂を登ったところに住宅地があり、お金持ちたちは急坂の上に屋敷を構えている。エルベ川から見上げるきれいな住宅街は、ちょうど今住んでいる夙川や芦屋にもよく似ている。阪急夙川駅から甲陽園へと電車が登っていくように、ドレスデンでは、エルベ河畔のロシュヴィッツ橋(通称Das Blaue Wunder)からお屋敷街へと2系統のケーブルカー(SchwebebahnとStandseilbahn)が発着している。

ドレスデン戦史博物館から市内を見下ろす。よく見るとエルベ川対岸の小高い丘も見える。
ロシュヴィッツ橋(Das Blaue Wunder)
どっちがいいのか?
二つの街は、統一後の四半世紀でだいぶ変わってきたようだ。ライプツィヒの駅は改築されて巨大なショッピングモールになったし、中心部の旧市街は観光地として整備された。ドレスデンでは第二次大戦後、50年近く(!)瓦礫の山だったフラウエン教会が、2005年に復元が完成している。両都市とも、ドイツ東部の代表的な観光都市だが、実際歩きまわってみると、ドレスデンのほうがインパクトのある観光スポット(王宮、教会、エルベ川など)は多いけど、町がきれいなのはライプツィヒかな、と思った。ドレスデンの場合、観光地が集中している旧市街はごく小さな範囲でしかなくて、街の中心はエルベ川対岸の新市街にも広がっている。しかし新市街の方まで来ると道路は整備されていなくてでこぼこしているし、建物も美しくない。(だがそういう味わいがドレスデンらしいのだと思う)ライプツィヒも工事現場は多いが、1900年前後の古い建物は町のあちこちに残っているし、広々した公園が町の各地にある。数日かけて観光をするならドレスデン、長いこと住み続けるならライプツィヒのほうが居心地が良さそうだ。

ライプツィヒには広々したきれいな公園がたくさんある



ドレスデン新市街の中心から約10分ほど。このあたりで町はずれになる。

観光客に人気のドレスデン旧市街。しかしあまりきれいでない新市街も魅力的だ。

2014年2月20日木曜日

ウムラウトと間違いを恐れる学生

ようやく今年度の全クラスの採点がおわった。前期と同じように、やはりこちらが上手に教えられなかったところは、学生たちもできていない。そこは次年度の課題にしないといけない。それとは別に、今回はウムラウトを付けない綴りの間違いが非常に多かった。möchteをmochteにしてしまったり、altの比較級がälterじゃなくてalterとなっていたり、fahrenの三人称単数でfährtではなくfahrtにしてしまったりといった具合だ。もちろんしっかり勉強してきた学生たちはちゃんと出来ている。全体として勉強が足りなくて合格点ギリギリの学生たちに、とくにこういうウムラウトのミスが見られた。語順や人称変化はちゃんとできてるのに、なんでこんなところで間違えるのだろう。ウムラウトなんて、ä,ö,üの三種類しかないのだから、英語にはないものとはいえ、そう難しくはないだろうと思っていた。それよりむしろ、英語にはないドイツ語特有の文字なのだし、もう母音全部にウムラウトつけるくらい、積極的にウムラウトを含んだ単語を覚えてほしいとさえ思っていた。だから最初は彼らの綴り間違いがどうして起こるのかまったく見当がつかなかった。私の板書がきたなくて見えなかったのだろうか?次年度はもっとぐりぐりとウムラウトを書いた方がいいのかもしれない、などと考えていた。

こういう話をフランス語を教える妻に話してみた。やはり彼女のクラスでも、アクサンのつけ忘れ、つけ間違いが非常に多かったそうだ。だろうなあ、フランス語で初級者にとって一番とっつきにくいのは、綴りだし、アクサンはウムラウトより種類多い(ほかにも^とか‥とかヒゲとかあるし)のでそりゃ難しかろう。私は初級フランス語を履修していただけで、あとはちょっと独習した程度なので、フランス語にくっついているいろんな記号やてんてんのたぐいはよくわからない。だから外出した際に、妻が料理のメニューや店の看板に見られるフランス語のスペルミスを指摘するたびに、細かいことをうるさく言うなあ、と若干疎ましく思っていたし、うるさい人に文句言われるからフランス語ってめんどくせえ、自分で店を出すなら、「ぜったいにアクサンがない単語を探そう」と思っていた。

そこではたと気づいた。そういうことか。学生たちがウムラウトを付けないのは、私がフランス語のアクサンがついた単語を見た際に思う「めんどくせえ」と同じ気持だったのだ。つくのかつかないのかわからない。あるいはつけてもつけなくてもどっちでもいいんじゃないの?という思いがあるのだろう。そしてテストの場では、できればミスはしたくないから、余計なものをつけるよりはつけないほうがいいだろう、とウムラウトを省くことを決断してしまうのだろう。

ドイツ語でウムラウトを含む単語など当たり前にあるし、ウムラウト込みで綴りを覚えなければ意味が無い。だからこれまでこういうミスについてはどうしてそれが起こるのか考えたことがなかった。しかしフランス語や他の言語と比較することで、学習者のミスを避けようとする心情が逆にこういうミスにつながっているのではないかということがわかってきた。

テストである以上、綴りの間違いは減点の対象だ。だから学生たちには、手を動かして勉強するよういつも呼びかけている。でも、せっかくドイツ語を勉強しているのだから、ドイツ語独自の表現なのだし、積極的にウムラウトをつけて欲しい。あらゆる母音にウムラウトをつけるやる、くらいの気持ちでもいいんじゃないかと思う。